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【連載番外編】「研究者が研究に没頭できることがイノベーションにつながる」 VCが天職と語る理由
2022.07.05
株式会社ファストトラックイニシアティブ(以下、FTI)は、2022年4月、総額130億円で3号ファンドの組成を完了しました。また、初の海外投資として米国・バイオスタートアップ2社(セルシウス社、A社※社名非公開)に対し、米国トップティアのライフサイエンスVCと協調投資を完了しました。FTIが3号ファンドを通して目指す社会や、先んじて海外投資を行う理由とは…? FTIの代表パートナーである安西智宏とFTIの米国ボストンオフィスで活動する原田泰にインタビューを行い、複数記事にわたる連載形式でまとめていきます。 今回は連載の番外編です。東京大学で生物学を専攻していた安西が、研究者としてではなくキャピタリストとしてVCであるFTIに参画した理由について掘り下げます。 |
▶︎連載①:「日本の研究基盤を世界に橋渡し」 FTIが米ボストンに拠点を設立した理由
▶︎連載②:「スタートアップの成功モデル」 日米の違いを肌で感じた2年間
▶︎連載③:目指すのは、米コミュニティの中でも「魅力的で競争力がある」こと
▶︎連載番外編:揺るがぬ“プロ意識”を強みに、日本×グローバル×サイエンスをつなぐためFTIへ(原田のキャリアについてのインタビュー)
【大学院時代】アカデミア研究とビジネスの世界の大きな隔絶を実感
進学した東京大学の理学部では、動物学を専攻していました。ムツゴロウさんを輩出した専攻で、当時は分子生物学が隆盛でしたが、三浦半島にある臨海実験場に行って採取した海の生物を徹底的に観察、それをひたすらノートに点描するという修行のような実習もありました。ただ生命現象の観察を出発点にして、メカニズムを分子生物学的に考えるという思考パターンはその当時に培われたと思います。
ベンチャーキャピタリストのイメージからすると意外に思われるかもしれませんが、大学院で所属したのはチョウやカイコといった昆虫を扱う基礎研究の研究室でした。私自身はカイコの染色体、特に染色体末端であるテロメアに挿入される転移因子の研究に従事していました。紆余曲折ありましたが、研究自体は概ね順調に進み、偶然にも研究成果の知財化にも関わることができたんです。その当時(2003年頃)は東京大学が国立大学法人に移行するタイミングで、学内の産学連携体制が立ち上がるなか、知財のライセンスの方向性について議論を重ねました。私自身も企業に研究成果の説明に出向いたりするなど、尽力しました。
しかしそこで、大学と産業界の間には何とも言えない大きな隔絶があることを思い知りました。奇しくもその当時は技術経営(MOT:Management of Technology)の重要性が叫ばれ、産学連携は流れるようにスムーズに進むもの、という勝手なイメージを持っていました。幻想はすぐに打ち砕かれました。企業側がサイエンスに求める視点、データのレベル感、事業化の時間軸。そのいずれもが基礎研究者であった私の想定とは異なっていて、コミュニケーションそのものが成立しませんでした。
そろそろ海外のポスドク先でも探そうか、と考えていたところでした。ただ、この強烈な原体験を通じて、自分が両者を橋渡しすることで、日本のオリジナリティーの高い研究成果を社会に発信していきたい、という使命感を感じるようになりました。
【コンサル入社】研究者が研究に没頭できるよう、ビジネスのイロハを学ぶ
研究成果を「いのち」や「くらし」に繋いでいくことをライフワークにしたいと考え、大きく2つのことを考えました。1つ目は、アカデミアの研究者にとって信頼のおけるパートナーとして橋渡しすることが大事であること。2つ目は、産業界のビジネスにおけるロジックを学ばないと、アカデミア研究の良い橋渡しはできないこと。
まず1つ目についてですが、私は当時から研究がとても好きで、研究者側の気持ちに寄り添うことがビジネスを回すうえでも大切だと思っていました。“研究者の思い”を考えると、学生時代にいつも海に浮かんで物事を考えていた臨海実験所の教授のことを思い出します。その教授は無脊椎動物の研究をしていました。あるときその教授が、「親子が海辺を歩いていて、子どもが親に『なぜヒトデは星みたいな形をしているの?』と尋ねてきたとき、その疑問に答えるのが自分の仕事なんだ」と語っていたんです。
研究には「ロマン」があり、「ストーリー」があります。私は先生方と事業化について相談するときも、研究者の探究心(Curiosity)こそが研究の原動力である、ということを深くかみしめながら対話するようにしています。
一見何の役にも立たない基礎研究の積み重ねが、じつはイノベーションの基盤になるということがあります。自分自身が、研究者にとって信頼してバトンを渡せるパートナーになることができれば、才能豊かな研究者が、その探究心にまかせて思いきり基礎研究に没頭でき、新たなイノベーションの種を創出するサイクルにつながるのではないかと考えたのです。
そして、1つ目を念頭に置きながら2つ目を実行するために、大学院を卒業後はコンサルティングファームのアーサー・ディ・リトル・ジャパン(ADL)社に参画しました。
【FTI参画】“黒子”として、あるべき未来をたぐり寄せる
以上2つの理由から、ビジネスを学んだ上で研究成果の社会実装する役割を担いたいという気持ちで、白衣を脱いで産業界に出ました。2年弱という在籍期間でしたが、ADLではたくさんのことを吸収させて頂き、ビジネスのイロハを勉強させて頂きました。ADLには、現役の方々、アルムナイ、当時のクライアントを含めて今でもとてもお世話になっています。その後、2006年1月にFTIに参画し、まさしく念願だった研究と産業界の橋渡しに関わりはじめ、15年以上経った現在も続けています。
コンサルタントは大企業を診察する医師のような立場であり、さまざまなバイタルデータに基づいて、薬の処方や外科手術といったソリューションを提案します。大企業が経済や社会に与える影響力は大きいことからも、とても意義深く、やりがいのある仕事です。
一方、ベンチャーキャピタルは、世界を変えるポテンシャルのある、まだ小さなスタートアップと丁寧に向き合い、産業や社会に全く新しい「流れ」を作っていくような仕事です。また、”黒子”としての支援や調整に多大な時間と労力を使う、とても泥臭い仕事でもあります。
誰かが動き始めないと大きな流れには繋がりません。陰日向からアントレプレナーを支援して、道なき道を一緒に切り拓いていくこと。あるべき未来の社会をイメージし、その未来をたぐり寄せること。そこに主体的に関われることがベンチャーキャピタルの醍醐味であり、自分にとって天職であると感じています。