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【連載:FTIの米国での活動紹介②】 「スタートアップの成功モデル」 日米の違いを肌で感じた2年間

連載02
株式会社ファストトラックイニシアティブ(以下、FTI)は、2022年4月、総額130億円で3号ファンドの組成を完了しました。また、初の海外投資として米国・バイオスタートアップ2社(セルシウス社、A社 ※1 社名非公開)に対し、米国トップティアのライフサイエンスVCと協調投資を完了しました。FTIが3号ファンドを通して目指す社会や、先んじて海外投資を行う理由とは…? FTIの代表パートナーである安西智宏とFTIの米国ボストンオフィスで活動する原田泰にインタビューを行い、複数記事にわたる連載形式でまとめていきます。

連載第2回目の今回は、FTIが協調投資を行ったセルシウス社とA社について、原田に話を聞きました。

▶︎連載①:「日本の研究基盤を世界に橋渡し」 FTIが米ボストンに拠点を設立した理由
▶︎連載③:目指すのは、米コミュニティの中でも「魅力的で競争力がある」こと
▶︎連載番外編:揺るがぬ“プロ意識”を強みに、日本×グローバル×サイエンスをつなぐためFTIへ(原田のキャリアについてのインタビュー)
▶︎連載番外編:「研究者が研究に没頭できることがイノベーションにつながる」 VCが天職と語る理由(安西のキャリアについてのインタビュー)

RNAの一細胞解析で創薬のブレイクスルーを目指す

ーー米セルシウス社(※2)に着眼した理由は?

セルシウス社はRNA情報から自己免疫疾患やがんに対する創薬を行っています。自己免疫疾患は現代社会において増加傾向をたどる疾患のひとつであり、また、がんは日本でも死因のトップを占める疾患です。私自身がRNAの研究をしていたこともあり、その研究領域が社会に貢献できる可能性をより強く感じました。RNA解析は、「オミクス」という生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問のひとつで、バイオロジーでありながらも機械学習・データサイエンスと応用できる進展が早い研究領域です。次々に新しい技術が開発され、それによりできることが増えていく分野ともいえます。そのため、数あるディールの中でもひときわ注目しました。同社が行っている一細胞解析(※3)の分野は以前から着目しており、ボストンに拠点を移しグローバルな投資活動をはじめてからリーチできる範囲が広がったことで、様々な企業へアクセスできるようになりました。

ネットワークが狭すぎたり、広くはることがことができていないと、せっかく良い技術を持っている企業をとりこぼしてしまいます。そんな中、兼ねてからお付き合いのある方々の協力もあり、一細胞解析を行っている企業のメジャープレイヤー各社とつながることができました。そして、そのうちの1社にセルシウスがあったのです。いきなりピンポイントで同社に絞ったわけではなく、自身やFTIのネットワークを織り交ぜてセルシウスにたどり着いたという経緯です。また、同社には私が武田薬品工業の米国支社で働いた際の共通の知人が複数人いたということもあり、ネットワークがつながりました。

いぶし銀で職人気質な老舗VC

ーー米セルシウス社に協調投資を行った米サードロックベンチャーズとの出会いは?

米サードロックベンチャーズは、創薬VC界隈ではトップに数えられる有名な、職人気質なイメージのある老舗のVCです。一つひとつの案件を丁寧に手塩にかけて育て、高い創薬能力を持った組織を作ることで高確率のエグジット(上場)を可能にしていることが特徴です。私自身もずっと知っていましたが直接の接点はありませんでした。しかし、同社はじつは武田薬品工業が買収したミレニアムという会社出身のメンバーによって設立された会社であるため、武田との間でメンバーの行き来もあり、私が武田に在籍していた際にもサードロックから転職してきていたメンバーが社内にいたりなど間接的な関わりがあった背景があります。そこにセルシウスを通して、点と点とが繋がった形になります。

▶︎連載番外編:FTI入社までの原田の経歴についてのインタビュー

いきなりのグローバルローンチでダイナミックな動きに期待

ーー米A社に着眼した理由は?

A社も世界に先駆ける革新的なアプローチの創薬を行っており、過去にない新しい作用機序をベースにしています。成功すれば、これまでに治療が出来なかった疾患や、アンメットニーズに幅広く対応できる大きなポテンシャルを持つ基盤技術が最大の魅力です。またグローバルに研究を展開していて、シーズ自体はアメリカとヨーロッパにあります。スタートから両拠点を構えているということから、非常にグローバル規模な技術が入ってきていて、ダイナミックな動きに発展しそうだと感じています。複数拠点でいきなりのグローバルローンチはとても興味深く、技術としても注目度が高い領域です。

困ったときに助け合えるとても心強い存在

ーー米A社に協調投資を行った米ARCH社との出会いは?

私がシカゴ大のMBAに在籍していた頃の出会いです。ARCHは40年前の創業時から、シカゴ大MBAから同社に人材を輩出しつづけているという大学との深い接点がありました。私もそのうちの1人として同社に参画することになり、離れた今でも繋がりがあります。

同社もまた、世界でトップと称されるVCの一つであり、常に新しい科学イノベーションを会社化します。同社とのコネクションの強みは、その様なイノベーションの最先端を走るスタートアップへの投資機会をソーシングできる。

通常、トップ投資家がリードする先鋭企業の投資案件では、リードVCが限定的な投資家に声をかけてラウンドがまとまり、ベンチャー主導での投資家集めというものが限定的です。逆に言うと、ネットワークサークルの中にいないVCが接点なく投資案件に入ることは難しいということでもあります。

また気軽に相談できる関係を維持できているという点です。同社のメンバーが日本企業と交流する中で不明点が生じたときに私がアドバイスすることもありますし、逆に私が米企業とのやりとりで困ったことがあったら教えてもらうというような関係性です。別のVCとそういった関係性を築くのは弱みを見せることにもなるため、通常双方身構えるんですが、同社のメンバーはMBA時代から知っている仲ということもあり、とても心強い存在です。

人脈が幅広いというのもメリットはあるかとは思いますが、私自身としてはそれ以上に、信頼を置いている・あるいは信頼を得ているサポーターのような人が身近にいると、そこから活動が発展しやすいと感じています。

米トップVCとの協調投資を通じての学び

ーー米スタートアップ2社への協調投資を通じて感じたことは?

そもそも米トップVCとの協調投資自体が、日本のVCとしてはこれまで稀だったと思います。アメリカに来てから本件の投資実行に至るまでの2年間の活動では、投資の考え方が日本とアメリカで違うと学んでいます。その中でも、日米で「スタートアップの成功」の違いです。

アメリカにおけるバイオスタートアップの成功の目線感は、例えばRNAiでいうAlnylamや遺伝子治療で言うIntelliaのようなスペシャリティファーマを作ることであり、独自の基盤技術を持っているだけでなく、臨床開発まで含めた開発能力を持って、自社で薬剤を上市まで持っていくことにあります。そのため、臨床有用性がある自社パイプラインの創出、精緻な臨床計画、そして事業を最速で進めるためにも経験・スキルを持った従業員の存在が不可欠で、どの側面をとっても高い専門性と経験を持った“人”が中心です。また人を中心に考えるため、設立初期から、採用・育成・組織運営にも多大な労力をかけて良いチームを組成し、するとさらに優秀な人材が集まるという正の循環が回る。会社としては、創薬研究の性質上、各ステージにおいてリスクをゼロにはできないのですが、よい組織を育てよい投資家がつくことによって資金も集まりやすいため、仮に転んだとしても外部から技術やパイプラインを獲得することもできます。

アメリカでの企業文化を肌で感じたこの2年間で、“人を大事にする”スタートアップを応援していく必要性に気付かされました。これを、FTIの組織運営や今後の投資活動に生かしていきたいと思っています。

(※1)A社
欧州・米国の技術を核にして新規創薬アプローチに取り組むバイオスタートアップ。

(※2)米セルシウス社(HP
一細胞解析技術を中心として更に機械学習・自社での検体収集の基盤を幅広く保有することにより自己免疫疾患やがんに対する新規薬剤の探索や、バイオマーカーの発見を目指している米ボストンのバイオスタートアップ。

(※3)一細胞解析
平均化された細胞集団ではなく、個々の細胞をひとつずつ解析すること。これにより一細胞間での不均一性などをとらえることができる。